しのうしのブログ

たまに外出

《十勝8》 廃校・廃線 池北線⑤ 士幌線③ <足寄=塩幌-喜登牛-清水谷=上士幌> (2/2)

廃校 喜登牛小中学校上芽登小学校旭丘小中学校清水谷小学校萩ヶ岡小中学校
廃駅 清水谷駅萩ヶ岡駅
廃線 士幌線
駅逓 ウエンベツ二股駅逓

《十勝8-2》 廃校・廃線 士幌線③ <茂喜登牛-清水谷=上士幌>

 

喜登牛カルデラ (足寄町茂喜登牛 柏倉)
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道道468号から喜登牛山方向の写真です。ここからキトウシ川を上流に向かい、喜登牛山の手前あたりがカルデラだそうです。地形図を見ると、いわれてみれば素人目にはカルデラの感じがします。正面の狭いところから川が流れてきています。
1947年から1949年にかけて、温根内分教場があり、茂喜登牛小学校に統合したようです。パンケ温根内川が見当たりませんが、分教場はこのあたりの畑の付近にあったのかもしれません。

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2019年にカルデラの内部に入ったところです。分岐がありました。左の道はペンケ温根内川沿いの道でしょうか。
柏倉は山形県南村山郡柏倉門伝村(現・山形市)から柏倉門伝開拓団で入ったことによるそうです。

喜登牛小中学校 (足寄町喜登牛)
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道道をそのまま進み、道道88号へ出て北へ、道道沿いです。グランド跡に喜登牛集落センターが建っています。

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倒れた門柱でしょうか。

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校舎のあったあたりは牧草ロール置き場になっています。奥の方に古びた建物が見えます。喜登牛小学校は1920年開校、1978年芽登小学校と統合しました。併置していた喜登牛中学校は1968年芽登中学校と統合し、足寄西中学校になりました。

喜登牛・・・美里別川の左岸支流に、茂喜登牛川、キトウシ川があります。キトウシは道内各所にある地名です。一般にkito-us-i (ギョウジャニンニク・群生する・ところ)となっています。

ウエンベツ二股(喜登牛)駅逓足寄町喜登牛)
メトー駅逓から3里といいます。喜登牛小学校跡の上流、美里別川左岸支流にウエンベツ川があります。道道経由では合流点まで3里(12㎞)まではないので、二股より少し北になりますが、その周辺だったのでしょうか。そこよりもずっと上流に駅逓の印をつけた地図もあります。

上芽登小学校 (足寄町芽登 上芽登)
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美里別川に架かる橋の少し南で、道道88号を西に曲がり、約3㎞。ちょっとした高原という地域です。正面はグランドだったと思われますが、木でよくわかりません。その奥に校舎があったようです。

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右の方の道路沿いに何かはわかりませんが、古い建物がありました。1919年開校、1968年芽登小学校と統合しました。

旭丘小中学校 (足寄町芽登 旭ヶ丘)
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道道468号沿いです。行ったのが夏だったので木々が茂っていて見逃し、一度通り過ぎてしまいました。葉の少ない頃がよいようです。木の間から校舎が見えます。校舎の左にグランドがありました。草深くて、近づけません。足寄駅からは26㎞くらいでしょうか、確かに足寄の町からは遠いです。旭丘小学校は1926年開校、1971年芽登小学校と統合しました。併置していた旭丘中学校は1960年開校、1971年足寄西中学校と統合しました。

清水谷駅 (上士幌町上士幌清水谷)
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1987年に廃止された士幌線の駅です。旭丘小中学校からは約5.5㎞、坂を下りると意外と早く着きました。国道から曲がると、駅前通の痕跡があります。正面の突き当りの奥に駅舎があったようです。線路跡は牧草地です。駅があった頃は周辺に何軒も建物があったようですが、今は数軒の廃屋と木ばかりです。

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駅跡から国道に出るときに一時停止の標識がありました。人がいた頃は必要だったかもしれませんが、今、必要な人はあまりいないと思われます。駅名の起源によると、清水の湧く谷からだそうです。ここより北に清水澤駅逓がありました。

清水谷小学校 (上士幌町上士幌清水谷)
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国道273号線沿いにあります。清水谷駅から500mほど南。木の間から校舎が見えます。

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校舎の裏側には古そうな木造の建物が見えました。校舎の正面、グランド側が工事の事務所になっているようなので国道からのみの観察。1952年開校。1975年上士幌小学校と統合しました。

萩ヶ岡小中学校(上士幌町居辺東6線51号)
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萩ヶ岡駅跡からは北東に2キロほど離れています。校門の横に閉校の碑があります。その奥に校舎が見えます。

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その北側には教員住宅の奥に体育館があります。萩ヶ岡小学校は1917年開校、奥上士幌という名前だったようです。1931年萩ヶ岡と改称。2018年上士幌小学校と統合しました。併置していた萩ヶ岡中学校は1965年上士幌中学校と統合しました。

萩ヶ岡駅 (上士幌町上士幌東3線)
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1987年に廃止された士幌線の駅です。かつては国道から駅までの駅前道路と駅を大きく南に迂回する道路がありました。駅舎はこの元駅前道路の正面やや左にあったようです。そこの左右は線路跡の感じはあります。左への道は元の迂回路。

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駅前通りはまっすぐ突き抜ける道になり、迂回する道路は一部が残り、住んでいる人たちの生活道路になっているようです。駅跡を通り抜けて、セタ川をさかのぼると、勢多鉱山があります。駅名は和名だと思われます。