廃校 就実小学校、千代ヶ岡小学校、千代ヶ岡中学校
駅舎 千代ヶ岡駅
◆就実小学校(旭川市西神楽1線31号)
北美瑛駅から道道213号を約3km進みます。辺別川が市町境になっているので東西どちらへ進んでも、辺別川を渡り美瑛町に入ります。
校地入口の左に100周年の「就実開拓碑」、辺渓朗開基五十周年の「開拓記念碑」があり、その奥に門柱があります。
右が1925年寄附の門柱。開校20年記念でしょうか。左は卒業生名簿です。
入口の右にあった、閉校記念のタイムカプセル「つながり」。
奥の建物は校舎と体育館。現在は西神楽公民館就実分館になっています。
1905年ペンケローネナイ教育所として開校。1906年に神楽第二簡易教育所、1917年に辺渓朗尋常小学校、1941年に就実国民学校と改称。1991年千代ヶ岡小学校と統合しました。
就実は1908年の戊申詔書の言葉からだそうです。
▼辺渓朗根内・・・学校名にあるように、ペンケローネナイと呼ばれていたようです。penke-raune-nayで「川上の・深い・沢川」。辺渓朗は下略でしょうか。
美瑛町の明徳小学校の東に朗根内神社があります。そこよりも下流にあるのにペンケローネナイ。下流にパンケローネナイがあったのでしょうか。
◆千代ヶ岡小学校(旭川市西神楽3線25号)
富良野線千代ヶ岡駅の南東です。
駅裏の道路沿いにあり、千代ヶ岡駅が見えます。
校門と校舎があります。
入口の校門の右に閉校記念碑。裏は沿革です。
入ると校歌を設置した大きな石。その後ろに二宮像があります。
北側の自転車小屋前にも校門があります。
1900年辺別簡易教育所として開校。1907年に神楽西第三尋常高等小学校、1942年に千代ヶ岡国民学校と改称。2019年西神楽小学校と統合しました。
◆千代ヶ岡中学校(旭川市西神楽3線25号)
千代ヶ岡小学校のグランドをはさんで南側に校舎が残っています。小学校から見た校舎。
グランド中央の道路側です。左に「千代ヶ岡小学校・千代ヶ岡中学校」と書かれた小学校80周年記念の碑。中央は中学校閉校記念碑。右は1947年制定の校章です。
閉校記念碑「我らここに学びし」、卒業生名簿になっています。裏は校歌と沿革です。
校舎の南側からです。一線の校舎で、一番奥が体育館です。道路側に横断幕「最高の思い出をいつまでも」。
この踏切を渡って通学していたのでしょうか。
1947年に開校。2008年西神楽中学校と統合しました。