・鹿追町の旧瓜幕市街と瓜幕尋常小学校の跡へ行ってみました。
途中にある学校や、学校跡にも立ち寄りました。
廃校 東中音更小学校、大牧中学校、光和小学校、西中音更中学校、通明中学校、通明小学校東瓜幕分校
廃駅 (拓鉄) 東瓜幕駅、瓜幕駅
廃線 北海道拓殖鉄道
学校 西中音更小学校、通明小学校、瓜幕小学校、瓜幕中学校、瓜幕尋常小学校跡
駅逓 瓜幕駅逓

・駒場から道道337号を北へ進みます。
道道771号へ曲がるところの標識です。すべて、これから行く学校(跡)付近にあります。
◆東中音更小学校(音更町中音更西1線)
道道の南側です。
校門の先に校舎。左奥に閉校記念碑「学び舎の杜」があります。

閉校記念碑と開校70周年記念の時計。

碑の横から入り口方面です。オブジェがあります。

上の横に多数のオブジェが並んでしました。真ん中の鶴の前には水槽があります。

グランドからの校舎。

グランドの東側に池があり、冬はリンクとして利用したそうです。

校門の右にあるビニールハウスの中には掲示してあった「ありがとう!! 東中小」の看板。
東中音更小学校は、1960年に当地に移転。2010年駒場小学校と統合しました。
旧校舎時代は駒場中学校東中音更分校を併置していました。
前回の訪問は → こちら
◆大牧中学校(音更町中音更西3線)
現在は、音更町浄水場になっています。建物の前に碑が見えます。
学校関係ではなく、「音更町浄水場」となっているようです。
1960年東中音更小学校併置の駒場中学校東中音更分校が独立して開校。1972年音更中学校と統合しました。
前回の訪問は → こちら
◆光和小学校(音更町中音更西7線)
建物は「光和区会館」となっています。窓が板で塞がれています。
奥に体育館があります。

体育館側から見た校舎です。

グランド跡方面。
光和小学校は1975年駒場小学校と統合しました。
前回の訪問は → こちら
◆西中音更小中学校(音更町西中音更北15線)
現役の小学校です。西にある西中音更神社のところに、「豊庫」碑があります。地域と学校の50周年記念碑です。右に校舎が見えます。
碑によると1931年10月16日 西中音更特別教授場 誕生。1943年現在地に移転しました。
西中音更小学校は来年(2027年)駒場小学校と統合予定です。
併置だった西中音更中学校は1947年に開校。1952年に新設の牧中学校(後の中音更中)に統合しました。
●(拓鉄)東瓜幕駅(鹿追町東瓜幕)
西中音更小学校から西15線を北に進んだところです。左に鹿追町の標示板があります。
今は道が突き抜けていますが、線路の手前(北側)に駅があったようです。
◆通明小中学校(鹿追町中瓜幕西20線)
現役の小学校です。校門からです。校舎前にいくつか碑がありますが、現役なのでながめるだけです。
通明小学校は来年(2027年)、瓜幕小学校と統合予定です。
併置の通明中学校は、1978年に閉校しました。
◆通明小学校東瓜幕分校(鹿追町西19線32号)
住所から判断すると、自衛隊演習場内になります。

この入口ゲートから北の方に進んだところのようです。演習場内で入ることはできないので、行くことはできません。
演習場内に「学校跡」と呼ばれている場所があるそうです。多分、この学校の跡のことと思われます。

入り口付近をウロウロするのがためらわれたので、近くにあるカフェに車を停めて撮影しました。
東瓜幕分校は1955年に閉校しました。
●(拓鉄)瓜幕駅跡(鹿追町瓜幕)
1929年開設、1968年廃止になった拓殖鉄道の駅です。中瓜幕駅から4.3km。
駅舎は碑の近くにあったようです。このあたりは、道路に対して少し斜めに線路がありました。
・この看板の右奥に道の駅があります。
◆瓜幕小学校(鹿追町瓜幕)
現役の小学校です。70周年記念の校門があります。校門の右が保育所、左が神社です。
1929年に、北海道拓殖鉄道の瓜幕駅ができ、市街地がこちらに移りました。小学校も、1933年当地に移転しました。
校舎前に100周年記念碑があるようです。
◆瓜幕中学校(鹿追町瓜幕)
現役の中学校です。瓜幕小学校の北にあります。
◆瓜幕尋常小学校跡か(鹿追町瓜幕西30線)

西30線24号付近に瓜幕の旧市街がありました。旧瓜幕市街地の標示板。
西29線と西30線の間で24号と25号の間。道道の北側です。道路沿いに木柱があります。
瓜幕尋常小学校跡の碑かと思い、見に来ました。

古く、根元も怪しくなっています。文字は消えたのかもしれませんが、何も書いてありませんでした。違うのかもしれません。
位置的には学校の近くと思われます。木柱の上に金属があるのもそれらしく感じるのですが。
瓜幕尋常小学校は、1918年鹿追尋常小学校瓜幕特別教授場として開校。1933年現在地に移転しました。
▽瓜幕駅逓跡(鹿追町瓜幕西31線24号)
上の旧市街標示板の南の区画。道路沿いで交差点の南にあったようです。