《十勝29-5》廃校・廃線 十勝東南部 <旅来-安骨>
・十勝川を越えて西へ進みます。
◆旅来小学校(豊頃町旅来)
道道320号沿いです。校舎はありません。校地の北側(右)に旅来酪農センターがあります。
入ると建物の前に碑があります。右は開基百年と開校80周年記念碑。
左は懐黌。右上の校章に気をとられ、裏を撮り忘れたようです。
1900年旅来簡易教育所として開校、1984年大津小学校と統合しました。
▽旅来駅逓(豊頃町旅来)
1900年頃 設置。旅来チャシの崖下だったそうです。チャシは神社のあたりだと思われますが、駅逓の場所がよくわかりません。
旅来小学校から北へ1㎞程進むと、道道320号沿いに「旅来渡船記念の碑」があります。裏は沿革。旅来渡船は付近の十勝川に1907年からあったそうです。最後は国道336号線の渡船として1992年11月頃までありました。川を渡る最後の国道の渡船といわれていました。ここから5㎞ほど南に十勝川河口橋が完成したため廃止されました。
渡船は右の堤防の道を越えたあたりと思われます。
▼旅来・・・意味がはっきりしないようです。tapkop-ray、tapkop-ray-pet等があります。tapkopはたんこぶ山(丸山)、rayは死んだ。ray-petは死んだ川で流れのあまりない川だそうです。
中川郡旅来(たびこらい)村がありました。1906年合併して十勝郡大津村大字旅来村になりました。
◆安骨小学校(豊頃町安骨南39線東292)
道道320号線から300mほど西に入ります。農家さんの敷地になっているようです。住宅の前に校門が残っています。表札は「豊頃村立安骨小學校」。東(左)側にも門柱があったようですが、建物ができています。門柱は移設されているのかもしれません。
西にある神社跡に上りました。
上から門柱が見えます。
校舎の場所はわかりません。牛舎等が立ち並んでいますが、この範囲のどこかにあったものと思われます。1905年安骨特別教育所として開校。1917年に安骨尋常小学校。1963年茂岩小学校と統合しました。
▼安骨・・・casi-kot「砦・跡」から変化したようです。チャシコツに安骨を当てたので「あんこつ」となったようです。
旧十勝川右岸に安骨(ちゃしこちゃ)村がありました。1906年合併して豊頃村大字安骨(あんこつ)村になりました。