しのうしのブログ

たまに外出

《十勝19》《上川2》 廃校・廃線 根室本線上り③ <新得=下金山> (1/4)

廃校 新内小学校
廃駅 新内駅
廃線 根室本線旧狩勝線
駅舎 新得駅
駅逓 新内駅逓

《十勝19》 廃校・廃線 根室本線上り③ <新得狩勝峠>

<根室本線>
1900年 十勝線 下富良野(現・富良野)-鹿越間開業
1901年 十勝線 鹿越-落合間開業
1907年 十勝線 落合-帯広間開業
1909年 旭川-下富良野-帯広-釧路が釧路線になる
1913年 滝川-下富良野-帯広-釧路が釧路本線になる
1921年 滝川-釧路-根室根室本線となる
1962年 函館-釧路 特急おおぞら運行開始
1966年 金山-東鹿越間線路付け替え。落合-新得間新線開業。旧狩勝線廃止。
1981年 石勝線開業。特急は石勝線経由になる。
2016年 台風10号で被災。東鹿越-落合間に代行バス
2017年 東鹿越-新得間に代行バス
2022年 富良野-上落合信号場間.

新得駅新得町本通北1)


1907年開業、根室本線の駅です。狩勝峠があったので機関区があり、跨線橋の横あたりにSL用の転車台と扇形車庫がありました。1994年に解体され、転車台はニセコに移されました。左端は跨線橋、右端の建物の奥に扇形車庫がありました。かつては、列車が新得駅出ると見えました。


駅裏の道路沿いに史跡銘板が設置されています。

(以下☆は新得町指定文化財。紹介のみ)
☆新内第3号橋梁 (新得町本通北6)・・ペンケ新得川に架かるガーター鉄橋。
☆無線鉄塔 (新得町新得基線)・・狩勝実験線として使用していたとき、データ送信に使用。

バッタ塚新得町新内西2線185番地一帯)


明治時代、トノサマバッタ被害(蝗害)を防ぐため、多額の費用をかけ駆除したバッタの卵やさなぎなどを埋めた場所です。数十か所の塚があるそうです。旧狩勝線跡にある説明板です。新内のバッタ塚は子供の頃から知られていました。☆新得町指定文化財

☆新内第2号橋梁(新得町新得西1線)・・下新内川に架かる煉瓦アーチ橋。小笹川橋梁。土木学会選奨土木遺産
☆新内第1号橋梁(新得町新内西4線)・・中新内川に架かる鉄橋。まりも橋。

●新内駅新得町新内西5線)


1907年新内信号所として開設、1909年新内駅になりました。新線ができたため、1966年に廃止された旧根室本線の駅です。右の建物は旧駅舎ではなく、後から事務所として建てられています。


SL・客車が保存されています。9600型蒸気機関車(59672号)、国鉄特急形B寝台客車(ナハネ20 132)、A寝台車(ナロネ21 551)、個室付A寝台車(ナロネ22 153)。B寝台車は旧狩勝線ミュージアムになっています。


ホームの一部は当時のまま残っています。

新内駅逓新得町新内西5線)


標柱は新内駅の所にあったようです。傷んだのか横の建物に立てかけてありました(2022年5月)。駅逓の住所は新内本通南1丁目4だったそうで、標柱の所より南にあったようです。1929年に設置、1938年廃止になりました。

新内小学校新得町新内西1線)


国道38号線のラーメン店の所を北の道へ。そのまま進み橋を渡るとあります。道路側に校門があります。校門の後ろにあった木の枝が折れたようです。


校舎・体育館は残っています。1907年開校の南新内尋常小学校と、1909年開校の北新内尋常小学校が統合して、1933年に開校しました。1974年新得小学校と統合しました。現在は新内ホールとして、コンサートなどが行われています。

新内・・・佐幌川の右岸支流にパンケニウンナイ、ペンケニウンナイがありました。松浦、ニンニウシナイ、ニウシナイ「木が多い」。山田、ni-un-nay「樹が・ある・川」。どんな木があったのでしょうか。

☆落合第20号溝橋(新得町新内西5線)・・新内駅西端。アーチ橋。
☆落合第19号溝橋(新得町新内西6線)・・ゴルフ場手前。石造りアーチ橋。
☆落合第18号溝橋(新得町新内西7線か)・・ゴルフ場周辺。石造りアーチ橋。

●大カープ新得町新内西7線か)


国道を通ったので、見てみました。5合目の駐車場の西にある大カーブ。説明板があります。草木ではっきりとはしませんが、築堤らしく写っているところでしょうか。最小半径179.04mと最も小さいので大カーブと呼んでいるようです。☆新得町指定文化財土木学会選奨土木遺産

☆新内沢の大築堤(新得町新内西9線か)・・122.5㎞のキロポストがあるあたり。
☆新内隧道(新得町新内)・・129mのトンネル。土木学会選奨土木遺産
☆ヒカリゴケ(新得町新内)・・新内隧道内のヒカリゴケ。
☆狩勝隧道(新得町南富良野町)・・新内駅-狩勝信号場間にある、長さ954mのトンネル。土木学会選奨土木遺産

狩勝峠新得町新内・南富良野町落合)


国道38号線の峠からです。石「狩」と十「勝」の間の峠なので名づけられました。当時は石狩国空知郡南富良野村と十勝国上川郡人舞村の間でした。1927年に日本新八景に選ばれています。道路開通は1931年なので、鉄道の峠の方だと思われます。狩勝トンネル新得側と新内トンネル落合側の間に復元された標柱があるそうです。中央付近にかすかに見える白い柱がそうでしょうか。


ここから、屈足27号露頭が見えます。
近年、日高山脈越えは高速道路の利用が多くなりました。天候が悪いときは日勝峠より標高が低く走りやすかったので、よく利用しました。峠の頂上に展望台・トイレがあります。

新得町の廃校は全部登場したと思います。
岩松小学校、上佐幌小学校、上富村牛小中学校、屈足小学校、新得高校屈足分校、佐幌小学校、富村牛小学校下富村牛分校、新得高校、富村牛小中学校、新内小学校、福山小学校