廃校 上浦幌小中学校、貴老路中学校、貴老路小学校、川流布小中学校、川上小中学校
廃線 富士製紙馬鉄
駅逓 上川上駅逓
《十勝11-3》 廃校・廃線 道道56号線 <上浦幌-本別>
◆ 上浦幌小中学校 (浦幌町美園)
道道56号沿いです。校門を入って左に二宮像。奥に校舎、その右に体育館がありました。現在は体育館が残っています。
2021年 校舎が解体されるという情報があったので8月に行ってみました。10月に再訪、校舎はなくなっていました。左が8月、右が10月。同じような場所からですが、3種類。
上浦幌小学校は1911年開校、2010年上浦幌中央小学校に統合しました。併置だった上浦幌中学校は、1967年新設の上浦幌中学校(場所は貴老路)に統合しました。名前が同じでややこしいです。
浦幌川の左岸支流に仁生(にしょう)川があります。現地域名は美園(みその)。何となく発音が似ているように思うのは、気のせいでしょうか。
◆ 貴老路中学校 (浦幌町宝生)
道道56号沿いの上浦幌公民館の東にあります。現在の上浦幌中学校です。1967年貴老路中学校・活平中学校・上浦幌中学校・川流布中学校・川上中学校が統合して、新設の上浦幌中学校になりました。2001年に校舎が新築されました。旧校舎は、校地の南側(手前側)にあったようです。
◆ 貴老路小学校 (浦幌町宝生)
道道56号線沿いにあります。貴老路小学校は1907年開校。1986年貴老路小学校・川流布小学校・川上小学校が統合して上浦幌中央小学校になりました。
貴老路小学校の時代は、校地の東側、教員住宅の手前に校舎があったようです。このあたりでしょうか。
▼ 貴老路・・・本別町にも同音の嫌侶(きろろ)があります。意味は同じだと思われます。十勝川支流の浦幌川の上流なので、例は少ないです。kiro-ru「人間が踏み固めた路」。知里、kir-o-ru「足・入れる・路」。更科、キロル「水汲みに降りる急な坂道」、など。
◆ 川流布小中学校 (浦幌町川流布)
川流布(かわるっぷ)川を遡ります。道を間違えたのか不安になったころ見つかりました。校舎の跡は川流布会館になっていました。校門があり、右側には中学校名もあります。
入口の横に碑が見えます。川流布小学校は1910年開校、1986年上浦幌中央小学校に統合しました。併置していた川流布中学校は1967年新設の上浦幌中学校に統合しました。
ここから東に川流布山を見ることができます。
△ K-Pg境界層 (浦幌町川流布)
川流布小学校跡よりもさらに上流、茂川流布川をさかのぼるとあります。今から約6600万年前の微惑星衝突の証拠という黒い地層・K-Pg境界層があります。K-Pg境界層が見つかっているのは日本ではここだけだそうです。この微惑星衝突は恐竜絶滅の原因といわれています。
2021年7月 見学に行った時のものです。
▼ 川流布川・・・浦幌川の左岸支流です。kapar-u-p「平たい岩(の所)・にある・もの」でしょうか。
◆ 川上小中学校 (浦幌町栄穂)
高速道路の浦幌インターチェンジを降りて国道274号線を白糠方面に向かうとすぐ、国道沿いにあります。体育館がつながっていて、校舎だった部分は川上近隣センターになっていました。その左側に碑がありました。
グランド側から。グランドにも草が生え、周りに何建物もないので、広々とした感じです。
校舎の横を見てみると、このような学校の跡らいしものがありました。川上小学校は1908年開校、1986年上浦幌中央小学校に統合しました。併置していた川上中学校は1967年新設の上浦幌中学校に統合しました。
▽ 上川上駅逓 (浦幌町川上178-4)
川上小学校跡から、国道274号線を白糠に向かって進みます。川上小学校跡からは約4㎞。浦幌川左岸支流のエキテイ沢の近く、北村の沢線と書いた標識の所。国道沿いに説明板があります。1929年に開駅、1944年まであったようです。
この先、浦幌川の谷が狭くなっており、道路の近くを富士製紙の馬鉄が通っていたと思われます。
国道274号線、本別から浦幌町に向かう途中にある坂です。本別大坂ともいいます。本別町坂下町は標高70mくらい、浦幌町の貴老路で170mくらいなので、100mほど登ります。登り切ると浦幌側は平地になっています。典型的な片坂です。ここは坂の途中のパーキングから下方向の本別側です。
● 富士製紙浦幌坂の修羅 (本別町東本別)
富士製紙の馬鉄が浦幌川上流から本別駅まで木材を運んでいました。途中に浦幌坂という急な坂があり、馬鉄では運べませんでした。そこで、坂に修羅場を作り、木材を下ろし、また馬鉄で本別駅まで運んでいました。場所ははっきりしません。大正9年の地図では旧道と交差しています。その後、場所は変わったともいいます。
坂の途中のパーキングから浦幌側です。旧道はもう少し左上を通っていました。修羅場はさらに左(東)の方だったようです。
・修羅・・・急な坂に木材で半円形の筒を作り、原木を滑らせて落とす仕組み。水を流すことで摩擦による発火を防ぐ。